長野地方裁判所 昭和28年(行)1号 判決
原告 戸津利行
被告 国・長野県知事 外一名
一、主 文
原告の請求はこれを棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「被告長野県知事が原告から別紙目録記載の各土地を自作農創設特別措置法第三条の規定に基いて買収した処分が無効であることを確認する。被告国は原告に対し右各土地につき昭和二十四年十一月三十日長野地方法務局受附第三六〇四号を以つてなした自作農創設特別措置法第三条の規定による買収を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。被告島田多嘉夫は右各土地につき昭和二十五年七月八日長野地方法務局受附第二六二五号を以つてなした自作農創設特別措置法第二十三条の規定による交換を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は被告等の連帯負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、「別紙目録記載の各土地はいずれも原告の所有であるところ、右土地について昭和二十二年八月十二日長野市農地委員会は自作農創設特別措置法第三条第一項第一号及び同条第五項第六号の規定に基き買収計画を樹立して翌十三日公告の上同日より同月二十二日まで縦覧に供し、ついで同年十二月二日長野県農地委員会において右買収計画を承認し、同日被告長野県知事において買収処分をなし同月二十八日原告に対し買収令書を交付した。その後長野県農地委員会は昭和二十三年九月二日同法第二十三条の規定に基き被告島田多嘉夫との間において右各土地と同被告所有の長野市大字高田字村前二千四百二番田二畝十八歩内畦畔三歩外二筆の農地とを協議により所有権移転の時期を昭和二十二年十二月二日に遡らせて交換した。そうして昭和二十四年十一月三十日長野地方法務局受附第三六〇四号を以つて国に対し右買収による所有権移転登記がなされ、昭和二十五年七月八日同地方法務局受附第二六二五号を以つて被告島田に対し右交換による所有権移転登記がなされた。然しながら右土地は右買収当時農地ではなかつたから被告長野県知事のなした前記買収処分は無効である。すなわち原告は右土地を昭和十年七月以来農地として訴外柳沢幸太郎に賃貸していたが、昭和十九年三月中訴外株式会社高橋製作所(当時商号を株式会社高橋航空機製作所と称し航空機部品の製作を営んでいた)より工場敷地用として賃貸方の懇請があつたため、同年六月三十日前記訴外柳沢より右土地の返還を受けて同年七月一日これを右訴外会社に対し期間二年賃料一ケ年一坪につき金一円と定めて貸与し(但し農地潰廃につき知事の許可は受けていない)、右会社は借受と同時に右各土地を材木置場等の工場用地として使用し、殊に昭和二十年春頃には右土地中六十二番の土地についてはその南西部の八割位、六十三番の土地については同じくその南西部の五割強位の部分に全面的に多量の石炭殼を敷いて埋立て、しかもその地上に工場用建物の建設をも計画し、賃貸期間の経過後もそのまま工場用地として使用してきたものであつて、右土地は当時より現在に至るまで引続きその現況は農地でなく工場用地であるに拘らず、不法にも右土地を農地として長野市農地委員会は買収計画を樹立し被告長野県知事はこれを買収したものであつて、その買収処分は無効である。従つて右買収処分が有効であることを前提として長野県農地委員会と被告島田との間になされた前記交換も亦無効であるから、右土地は依然原告の所有に属するものであり被告国及び被告島田の受けた所有権移転登記も亦いずれも無効の登記原因に基くものである。よつて被告長野県知事に対し右買収処分の無効確認を求めると共に、被告国及び被告島田に対し前記各所有権移転登記の抹消登記手続の履行を求めるため本訴請求に及んだ次第である。」と陳述した(立証省略)。
被告長野県知事及び被告国各指定代理人並に被告島田多嘉夫はいずれも主文同旨の判決を求め、答弁として「原告の主張事実中原告主張の各土地がいずれももと原告の所有であつたこと、被告長野県知事が原告主張のような経過に基いて右各土地につき昭和二十二年十二月二日自作農創設特別措置法第三条第一項第一号及び同条第五項第六号の規定に基く買収処分をなし、同月二十八日原告に対し買収令書を交付したこと、長野県農地委員会が昭和二十三年九月二日同法第二十三条の規定に基き被告島田との間において右各土地と同被告所有の原告主張の土地とを交換したこと、右各土地につきそれぞれ原告主張の日被告国及び被告島田がそれぞれ原告主張のような所有権移転登記を受けたこと、原告が右土地をその主張の頃から農地として訴外柳沢幸太郎に賃貸していたこと、契約内容の点を除き原告が右土地を訴外株式会社高橋製作所に賃貸し爾来同会社がこれを使用してきたことはいずれもこれを認めるが、右契約内容の点及び右訴外会社が右土地上に工場用建物の建設を計画したことは不知、その他の事実は否認する。右土地は本件買収処分当時右訴外会社の工員等によつて自給菜園的な耕作地として利用され、実際に耕作されていない若干の部分も僅かの手を加えれば耕作できる状態となつていたので、全面的に農地であつたものであるから本件買収処分は適法である。仮りに右土地が農地であつたと認められないとしても、右のような状態の土地を農地と認定したことは少くとも明白且つ重大な瑕疵であるとはいえないから本件買収処分はせいぜい取消し得るに止まり、無効であるとは到底いえない。よつて右買収処分の無効であることを前提とする原告の請求はいずれも失当である」と述べた(立証省略)。
三、理 由
原告主張の本件各土地がもと原告の所有であるところ、右土地につき昭和二十二年八月十二日長野市農地委員会が自作農創設特別措置法第三条第一項第一号及び同条第五項第六号の規定に基く買収計画を樹立し、原告主張のような経過で同年十二月二日被告長野県知事が買収処分をなしたことは当事者間に争いがない。
原告は右土地は当時農地でなかつたにも拘らず被告長野県知事は農地として買収したものであつて、その買収処分は無効であると主張するので、右土地が当時農地であつたかどうかについて判断する。原告が昭和十九年七月一日右土地を訴外株式会社高橋製作所に賃貸し爾来同会社がこれを使用して来たことは当事者間に争いがなく、証人上条達夫の証言によつて成立の認められる乙第一号証の一、二、証人高橋勝美(第一、二回)、同上条達夫、同米倉三朗、同山崎競、同小山明保、同岡本一男、同塚田五作及び同川崎嘉三郎の各証言、証人山浦清の証言の一部並びに検証の結果を綜合すると、右訴外会社は原告から本件土地を借受けた当時航空機の木製部品等を製作していたため、本件土地を材料たる木材等の置場にしたり工場建物を建設する予定であつたが、いくばくもなくして終戦を迎えたためにその当時にあつては建物建築の具体的計画は全くなく、木材置場としてごく僅かに使用していた程度であつて、本件土地が借受当時もともと水田であつたために湿地で灌漑用の水路から水が流れ込むところから、これを防ぎ木材を置くために用水の収入口である本件土地の西北部或いは水路に沿う西南部等の一部分に石炭殼を埋めたことはあるが、他の大部分は借受当時の原状の儘に放置して雑草が繁茂していたこと、その後昭和二十一、二年頃は前記会社の工員であつた山浦清等数名が食糧自給のためこれを耕作し会社はこれを黙認しており、主として麦、馬鈴薯、甘藷等が作付されて、本件買収計画樹立当時は本件土地の約七、八割が耕作されていたこと、本件土地の耕作のために肥料が配給になつたことはなかつたが、前記会社は本件土地を含め他の土地をも併せてその耕作状況によつて供出義務を課せられ、昭和二十一年度においては麦二十五俵の供出割当を受けたこと、その当時までは本件土地に石炭殼が大量にいれられたことはなく、また当時本件土地に置かれた木材もその西側乃至南側に僅か数本程度置かれたにすぎず、その後本件土地に殆んど全面的に大量の石炭殼が敷かれ、相当量の木材が置かれるようになつたが、それは本件買収処分後の昭和二十四年以後のことであることが認められ(但し証人山浦清の証言中右認定に反する部分及び乙第四号証の記載は聊か誇張に過ぎるものと認められそのまま採用することはできない。)以上の認定に反する証人柳沢巍一郎、同今井稔治、同田中勝、同鳥井宗一郎、同宮下市郎、同戸津麟太郎、同柳沢恒雄、同篠原節及び同松川功の各証言並に原告本人訊問の結果は信用できずその他にも右認定を覆すに足る証拠はない。以上認定した事実に原告が自認するように本件土地について農地潰廃の手続が執られていなかつた事実も参酌して考えて見ると本件土地はもともと純然たる耕作の用に供されていたものであり、その後工場用地とする目的で賃借されたが、工場用地として十分な利用がなされないまま、買収当時は大部分が自給菜園として耕作されていたものであつて、このような場合には、もともと宅地工場用地等が一時的に自給菜園として耕作されていたような場合とは異り、農地であると認定するのが相当である。もつとも前記認定のように本件土地には当時その一部分に木材が置かれており、また石炭殼を敷いた部分もあつたのであるが、木材は簡単にこれを取除くことができるし、石炭殼も前記認定のようにごく一小部分に敷かれたにすぎない場合にはこれを取除いて耕作することはそれ程困難なこととは考えられないから、そのように一部分に木材が置かれてあつたり石炭殼が敷いてあつたりした事実があるからといつて、その事実によつて本件土地の全部又は一部が非農地であつたと認定すべきではない。以上認定のとおり本件土地は本件買収当時全面的に農地であつたものであり、非農地であつたとは到底認定できないから、本件土地が非農地であることを前提とする原告の請求は爾余の争点について判断するまでもなく、すべて失当と認めなければならない。
よつて原告の請求はこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟特例法第一条民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 伊藤顕信 今村三郎 市川郁雄)
(目録省略)